プログラム解説2
2023/02/01
■ベートーベン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」
19世紀開幕を告げるにふさわしい、浪漫的ムードの名作である。初期は四楽章制をソナタの基本的構成におき、三楽章制を取る場合には、この基本的構成の図式からいずれか1楽章を省くことで、様々な可能性を試みてきたベートーベンである。例えば初期の3楽章ソナタである第5番ではスケルツォ、第6番では緩徐楽章を省略。更に第10番では終楽章をスケルツォにしており、残るケースは、冒頭ソナタ=アレグロ楽章を欠くケースだけということだが、それを実行したのが、「月光」という名で呼ばれるこの第14番なのである。ところで、冒頭にソナタ形式の緩徐楽章をおく例はモーツァルトにもあるので、ベートーベンの独創というわけにもいかないが、その結果、緩徐→中庸→急速という、尻上がりにテンポをあげていく楽章配列の効果が凄まじく、その点で、ベートーベンならでは追い込み面白さが特筆されよう。このソナタでは第1楽章が特に有名だが、どのアングルから見ても、明らかにプレスト→ソナタ形式のフィナーレにピークが置かれている。
第1楽章:嬰ハ短調
序奏とコーダをもった単純なソナタ形式。前奏曲風に一貫して流れる右手中声部の3連8分音符が特徴的だが、冒頭嬰ト―嬰ハ―ホの音型が、終楽章の冒頭にも現れる。また、序奏部左手の音階下行も重要な循環音型で、第1主題、第2楽章の第2動機、フィナーレの第1主題の低音部及び終結主題に用いられ、全曲を統一する役割を果たしている。
第2楽章:変二長調
トリオを持ったメヌエットである。調性は嬰ハ長調の異名同音。したがって、原調の主音上にとどまっていると考えてよい。トリオも同じ調性。
第3楽章:嬰ハ短調
ここまで書かれたすべてのピアノ・ソナタの中で、最も激しい感情の表出がこの楽章にはある。それというのも、ほの暗いメランコリーをたたえた第1楽章、穏和な第2楽章を通じて、全くフォルテの表示がなかった後に、この激しい動きの楽章が来ているので、この激しさが一番強調されているのである。斬新的高揚のパターンの反復が、この楽章のアジタートな性格を決定づけていることを記憶にとどめて弾きたい。